お腹の中に新しい命が宿っている。
まだ見えない姿がもう一つ別の固体として、
自分の子宮の底にうずくまっているという事実をはっきりと知ったとき、ぞわりとした感覚が背中に走った。
なんともいえない感覚だった。
彼の子だ。私の子だ。
そう思い定めるよりも前に、もう一人の人間が私の中にいるということに驚いたのだ。
想像して受け止めることとは、全く違った。
羊水の中をたゆたうもうひとつの命を掬い出して、撫でて、転がして、
本当にこれが命なのかと確かめたくなった。
それと同時に、なにかを背負わなければならない、かならず向き合わなければならないという、
絶対的な規制に縛られたような気持ちにもなった。
もやもやとぼやけていて、時々忘れそうになるほどかすかな、この感覚。
けれど、ずっとこの私のお腹の中に、今ここにいる存在が。
決して結ばれることのない私たちの関係の結び目になろうとしているこの存在が、私にとっては唯一になり始めていた。
お腹の中にいるもうひとつの存在を、一度認めてしまえば、もう怖いものはないような気分になれた。
子宮の中で、チハヤの体液が形を変えて育っていっているのだ。
ただ、水底でしか抱けなかった気持ちを、初めて私は自分のお腹の中で育むことができる。
それが、すべてだった。
それだけが、私のすべてになった。
これから起こるかもしれない軽蔑も、批判も、戸惑いの声も。
そのすべてが、私が抱ける感情に比べたらなんでもないことに思えた。
ただ私は、会いたいのだ。
もう彼に抱きしめてもらえないと、そう思ったとき。私は彼から施されたすべてを諦めたから。
そう思う自分がいるのと反面、じわじわと生まれてくる不安があることも事実だった。
彼への想いを一身に詰め込めた、もう一つの自分を生み出してしまうのではないか。
これから先、一生、彼の影目をなぞるようにして、私はこのお腹の中の命を育ててしまうのではないのか。
それ以前に、村を出て、子供を産み、母親になり、育てていく。
言葉をひとつひとつ挙げて、並べて、舌の中で転がしてみても、まるで実感が沸かなかった。
ファンタジーの世界のように、現実味がなくて、これから先自分が背負う道筋を思い描くことが出来なかった。
でも、ただ。
ただ、抱きしめたかった。
彼でも私でもない、もうひとつの固体となる赤ん坊の身体を、抱きしめてみたかった。
望まれない子供では、けっしてない。
私の望みのためだけに、この子を産まれてくるのだから。
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